地学⑰:雨と雲
~断熱変化と降水のメカニズム~
この記事で探究すること
空にうかぶ、ふわふわの雲。その正体が、小さな水や氷のつぶの集まりであることは、中学で学んだね。でも、「なぜ、空気のかたまりがただ上昇するだけで、雲が生まれるのか?」その物理的なメカニズムは、まだ謎のままだ。この単元では、雲の発生の鍵をにぎる「断熱変化」と、大気の安定性、そして、小さな雲粒が、やがて大粒の雨や雪へと成長していく「降水のしくみ」を探究するよ。
1. 断熱変化:雲を生成する冷却エンジン
雲が生まれるためには、空気のかたまりが、その露点以下まで冷却される必要がある。その冷却の主なメカニズムが「断熱変化」だ。
空気のかたまりが上昇すると、まわりの気圧が低くなるため、空気は風船のように膨張する(断熱膨張)。このとき、空気は、まわりの空気を押し広げるという「仕事」をするために、自らの内部エネルギーを消費する。その結果、外部との熱のやりとりがなくても、空気自身の温度が下がっていく。これが、断熱変化による冷却の原理だ。
2. 断熱減率と大気の安定性
上昇する空気が、断熱膨張によって温度が下がっていく割合を「断熱減率」という。これには2種類ある。
- 乾燥断熱減率:湿度が100%未満の、雲が発生していない空気が上昇するときの温度減率。約1.0℃/100m。
- 湿潤断熱減率:湿度が100%に達し、水蒸気が凝結して雲粒ができ始めたあとの空気の温度減率。約0.5℃/100m。凝結の際に放出される熱(潜熱)が、冷却を妨げるため、乾燥断熱減率より小さい。
この断熱減率と、まわりの大気の実際の温度低下率(気温減率)を比較することで、大気が雲を発達させやすい状態(不安定)か、発達させにくい状態(安定)かが決まる。
コレクトの論理 de 解説:大気の安定・不安定
ある空気塊を強制的に持ち上げたとき、その後の挙動で大気の安定性が判断されます。
- 絶対安定:気温減率が、湿潤断熱減率よりも小さい場合(\( \Gamma < \Gamma_m \))。持ち上げた空気塊は、常に周囲の空気より低温(=重い)になるため、元の位置に戻ろうとします。層状雲ができやすい。
- 絶対不安定:気温減率が、乾燥断熱減率よりも大きい場合(\( \Gamma > \Gamma_d \))。持ち上げた空気塊は、常に周囲の空気より高温(=軽い)になるため、さらに上昇を続けます。対流が非常に活発になります。
- 条件付き不安定:気温減率が、湿潤断熱減率と乾燥断熱減率の間にある場合(\( \Gamma_m < \Gamma < \Gamma_d \))。湿っていない空気は安定ですが、凝結高度以上に持ち上げられて湿潤になると、不安定に転じ、上昇を続けます。積雲や積乱雲が発達しやすい、最も一般的な大気の状態です。
3. フェーン現象:山を越える風の高温乾燥化
大気の安定性を理解する上で、最も典型的な応用例が「フェーン現象」だ。湿った空気が、山を越えて反対側のふもとに吹き降りる際に、高温で乾燥した風に変わる現象である。
【例題】フェーン現象の計算
海抜0mの地点A(気温20℃、湿度100%)から、湿った空気が、高さ2000mの山を越えて、海抜0mの地点Bに吹き降りる。山の風上側では、常に雲から雨が降っているものとする。地点Bの気温は何℃になるか?(乾燥断熱減率を1.0℃/100m、湿潤断熱減率を0.5℃/100mとする)
【解答プロセス】
① 山を登る(上昇)プロセス:地点Aの空気は、最初から湿っているので、湿潤断熱減率で冷却される。
山頂での気温 \( T_{top} = 20^\circ\text{C} - (0.5^\circ\text{C}/100\text{m} \times 2000\text{m}) = 20 - 10 = 10^\circ\text{C} \)
② 山を降りる(下降)プロセス:山頂を越えた空気は、雨を降らせた後なので、乾燥している。したがって、乾燥断熱減率で昇温する。
地点Bでの気温 \( T_B = 10^\circ\text{C} + (1.0^\circ\text{C}/100\text{m} \times 2000\text{m}) = 10 + 20 = 30^\circ\text{C} \)
答え:30℃(地点Aより10℃も高温で、乾燥した風となる)
4. 降水のしくみ
雲の中の、直径0.01mm程度の小さな雲粒が、雨粒(直径約2mm)へと成長するためには、約100万個も合体する必要がある。その成長プロセスには、雲の温度によって、主に2つの仕組みがある。
- 暖かい雨(熱帯地方):雲の中がすべて0℃以上の水滴でできている場合。大きさの異なる雲粒が、衝突と併合をくり返すことで、大きく成長する。
- 冷たい雨(中・高緯度地方):雲頂の温度が0℃以下になり、過冷却水滴と氷晶が共存する場合。氷晶の方が、過冷却水滴よりも水蒸気を引きつけやすい性質があるため(氷晶の飽和水蒸気圧が低い)、氷晶だけがまわりの水蒸気を吸収してどんどん成長する(昇華成長)。やがて重くなって落下し、途中でとければ雨、とけなければ雪となる。日本の降水の大部分は、この「冷たい雨」のプロセスで説明される。
【研究】雷の仕組み
積乱雲の中で発生する雷は、雲の中での電荷の分離によって引き起こされます。激しい上昇気流の中で、氷の粒(氷晶)と、あられが衝突をくり返すと、あられはマイナスに、氷晶はプラスに帯電します。軽い氷晶は上昇気流で雲の上部に運ばれ、重いあられは雲の下部にたまります。この結果、雲の上層がプラス、下層がマイナスに分離し、雲と地面との間に巨大な電位差が生まれます。この電位差が、空気の絶縁を破壊するほどの大きさになると、大規模な放電、すなわち落雷が発生するのです。
受験対策まとめ
雲物理は、計算と論述の力が試される、気象分野の最重要テーマだ!
- 雲ができる原理を「断熱膨張」と結びつけて完璧に説明できるようにする。
「上昇→(気圧低下)→膨張→(温度低下)→露点到達→凝結」という因果関係の連鎖は、論述問題の王道。 - 「乾燥断熱減率」と「湿潤断熱減率」の違いを、物理的に説明できるようにする。
キーワードは「凝結に伴う、潜熱の放出」。湿潤断熱減率の方が小さい理由を問われる。 - 大気の「安定・不安定」を、気温減率と断熱減率の比較で判断できるようにする。
持ち上げた空気塊が、まわりより「軽い(高温)か」「重い(低温)か」を考えるのが基本。 - フェーン現象の計算問題を確実に解けるようにする。
山を登るとき(湿潤断熱減率)と、降りるとき(乾燥断熱減率)で、適用する減率が異なる点を絶対に間違えないこと。 - 「冷たい雨」のプロセス(氷晶成長過程)を説明できるようにする。
キーワードは「氷晶と過冷却水滴の共存」と「飽和水蒸気圧の差」。
練習問題
【計算問題】
問1:地上の気温が25℃、露点が17℃の未飽和の空気塊がある。この空気塊が上昇して雲ができ始めるときの高度(凝結高度)は何mか。また、そのときの空気塊の温度は何℃か。(乾燥断熱減率を1.0℃/100mとする)
【論述問題】
問2:日本の冬に降る雪や雨の多くは、「冷たい雨」のプロセスで説明される。なぜ、雲の中で氷晶が、過冷却水滴よりも優先的に成長できるのか。その物理的な理由を、「飽和水蒸気圧」という語句を用いて、60字程度で説明しなさい。
解答と解説
問1の答え:
【考え方】空気塊が上昇すると、気温は100mあたり1.0℃ずつ、露点は約0.2℃ずつ下がる。両者の温度が等しくなる高度Hを求める。
\( 25 - 0.01H = 17 - 0.002H \)
\( 8 = 0.008H \)
\( H = 1000 \text{m} \)
そのときの温度は、\( 25 - 0.01 \times 1000 = 15^\circ\text{C} \)
答え:高度 1000m、温度 15℃
問2の解答例:
同じ温度では、氷の飽和水蒸気圧の方が、過冷却水の飽和水蒸気圧よりも低いため、水滴から蒸発した水蒸気が、氷晶に昇華付着するから。(63字)