なぜ、南海トラフ地震は「いつ起きてもおかしくない」と、科学者が断言できるのか?
「30年以内に、60~90%以上、あるいは20~50%」。近年、政府の地震調査委員会が発表した、南海トラフ巨大地震の新たな発生確率に、戸惑いを覚えた人も多いのではないだろうか。「結局、危ないのか、そうでもないのか」。しかし、この数字の「幅」こそが、科学の誠実さの証であり、そして、我々が直面する脅威の本質を、何よりも雄弁に物語っている。その真の意味は、単なる「確率」の話ではない。それは、地球という巨大な物理法則の歯車が、すでに次の回転を始めており、その終着点が、我々の文明社会のすぐ足元にあるという、冷徹な「物理的必然」の宣告なのである。
結論:それは「時限爆弾」だからだ
南海トラフ地震が「いつ起きてもおかしくない」最大の理由は、その発生メカニズムが、プレートの沈み込みによって、エネルギーが一方的に、そして確実に蓄積され続ける「時限爆弾」だからである。爆発(地震の発生)は、100%不可避。我々に残されているのは、それが「いつか」という、究極の不確実性だけなのだ。
コレクトの論理 de 解説:2つの確率が示すもの
政府の地震調査委員会は、2025年9月、南海トラフ巨大地震の発生確率について、2つの異なる計算モデルによる結果を併記する形に見直しました。
- 「60~90%程度以上」:過去の地震時の地殻変動データ(高知県室戸岬の隆起量など)の不確かさを考慮した、最新の計算モデル(すべり量依存BPTモデル)による確率。
- 「20~50%」:他の海溝型地震の評価で使われている、より一般的な統計モデル(BPT分布)による確率。
委員会は、この2つのモデルに「科学的な優劣はつけられない」としています。これは、科学が、不確実性そのものを、いかに誠実に評価しようとしているかの現れです。そして、最も重要な事実は、いずれの数値であっても、日本の海溝型地震の中で、発生確率が最も高い「ランクⅢ」に分類されるという点に、何ら変わりはないということです。
歴史:くり返す、大地の「刻」
歴史をひもとけば、南海トラフ沿いでは、約100~150年の間隔で、M8クラスの巨大地震が、繰り返し発生してきた。東側の「東海地震」、中央の「東南海地震」、西側の「南海地震」の震源域が、それぞれ単独で、あるいは、連動して活動するというパターンだ。前回の連続的な活動は、1944年の昭和東南海地震、1946年の昭和南海地震であった。最も単純に歴史の時計の針を進めれば、すでに前回の発生から約80年。次の「刻」が、目前に迫っていることは、歴史が雄弁に物語っている。
科学:GPSが捉える、静かなる「歪み」
南海トラフでは、海のプレートである「フィリピン海プレート」が、陸のプレートの下に、年間数cmの速さで沈み込んでいる。しかし、その境界面(プレート境界)は、普段は固くくっつき(固着域)、陸のプレートを、道連れに引きずり込んでいる。この引きずりによって、陸のプレートの内部には、弓がしなるように、膨大なひずみエネルギーが蓄積されていく。
GPSによる地殻変動の観測データは、西日本の大地が、今この瞬間も、南東方向へと、年間数cmずつ、静かに引きずり込まれている事実を、明確に捉えている。やがて、このひずみが限界に達したとき、固着域は、一気に、そして広大に破壊され、跳ね上がる。これが、南海トラフ巨大地震の物理的メカニズム「弾性反発説」である。
社会:国家機能の麻痺という現実
この一瞬の跳ね上がりは、広範囲にわたる強烈な揺れ(特に、大都市の高層ビルを大きく揺らす長周期地震動)と、太平洋沿岸に押し寄せる巨大な津波を発生させる。それは、日本の大動脈である太平洋ベルト地帯の、産業・交通・情報のすべてを、同時に、そして壊滅的に襲うことを意味する。サプライチェーンは寸断され、経済活動は麻痺し、国家機能そのものが、危機に瀕する可能性がある。
我々が地学を学ぶことは、この国家レベルの脅威に対し、「正しく恐れ」、そして、ハザードマップの確認や、備蓄、避難計画の策定といった、一人ひとりが取りうる、最も論理的で、最も効果的な「生存戦略」を実行するためなのである。
未来:不確実性と、どう向き合うか
我々は、動く大地の活動期に生まれた、束の間の住人であるにすぎない。発生が「必然」であり、しかし、その時期が「不確実」である、この巨大な自然現象と、我々の文明社会は、どう向き合っていくべきなのだろうか。科学に、どこまで「予測」を求め、そして、我々は、どこまで「備え」というコストを、受け入れる覚悟があるのだろうか。
コレクトの一言
確率の数値がどうであれ、リスクが最大級であるという評価に変更はありません。サイコロを一度振るだけの話であり、その目が明日出るか、30年後に出るかは誰も知りません。しかし、サイコロは、すでに投げられています。